第3回講義
「ヒトの設計図・ゲノムを極める」
清水 信義氏
ヒトゲノム研究の第一人者清水教授の講演を聴く。
ゲノム(Genome)とは、遺伝子(Gene)と染色体(Chromosome)をまとめて呼んだもので、化学的実体はDNAである。
ヒトの個体は60兆個の細胞で作られている。その一つ一つの細胞は23対つまり46本の染色体で特徴づけられている。染色体を形成するのはDNAである。DNAは50年前にワトソン=クリックが明らかにしたとおり二重らせん構造をもつ、糸状の巨大分子である。どれほど巨大化というとDNAの端から端までが1個2m。ヒトにはこれが60兆個あるわけだから120兆mのDNAという糸でがんじがらめにされているということになる。人の世のしがらみを考えるとなにやら象徴的である。
DNAがタンパク質を作るしくみを セントラルドクマといい、これ自体はすべての生物で同じである。DNAはタンパク質を合成する設計図だ。A、T、C、Gという 塩基(A−T、C−Gという塩基対)の配列は64種類あるが、これが遺伝暗号となる。塩基が30億個並んで一つのシナリオを作っている。
※このあたりはさらっといってしまったので、私は ここでおさらいをした。 ここはもっと詳しい。
清水氏のゲノム解析プロジェクトは、川崎にある慶應義塾大学新川崎タウンキャンパスで展開されている。ハイテクラボラトリーといった感じの設備である。そこでは、ヒトゲノムのシーケンシング作業が行われている。ロゼッタストーンの解読にたとえるように、膨大な文字列に句読点を打って遺伝子構造を解析する。慶大チームは99年12月2日にヒト22番染色体のDNAシーケンス報告を行った。3400万文字の塩基を読み取ったのだ。また翌年5月には日ヒト21番染色体の解読にも成功し、解読完了記者会見を行った。メディアには「神への挑戦」と書かれた。 ※このあたりのスライドは慶大医学部分子生物学教室のHPに出ているものから多数取られていた。 ゲノム解析による生物の遺伝子数は、ヒト23000、クダモノバエ13000、線虫数千。ヒトの遺伝子がこんなに少なくていいのかという指摘があるが、巧妙なメカニズムによりこれで足りているらしい。 メンデルの遺伝の法則はよく知られている。形質を継代する因子が遺伝子である。優性遺伝と劣性遺伝があり、髪の毛、つむじ、まぶた、目の色、耳あか(ドライorウェット)、巻き舌などに現れる。ヒトの毛髪の形成にも108個の遺伝子がかかわっている。ちなみに108という数字は除夜の鐘を鳴らす煩悩の数と同じ。これも象徴的である。 毛髪は毛胞で作られるが、そのon/offのスイッチには遺伝子が関わっている。これを早く解明しなければならない。 ※清水氏にも時間がない(額後退中)とのコメントに会場は爆笑。随所に、一般向けのセミナーという心遣いあり。
ところでゲノムには個人差がある。タンパク質のアミノ酸配列のうち0.1%は、人により異なる。これを1塩基多型(SNP)という。ヒトの塩基は30億だから、300万くらいの塩基は人により異なるわけで、体質の差となって現れる。またDNAによる個人判定はこれを利用する。 生活習慣病は、環境因子とSNP(遺伝因子)が引き起こす。診断と予防にゲノムが役立つかもしれない。 パーキンソン病は第6染色体の一部が欠損しているため脳内の黒質神経細胞に異常をきたす病気であるが、そのメカニズムが解明されつつある。また常染色体劣性難聴の家系を分析すると、21番染色体の聴覚関連遺伝子の異常がみられた。こういった研究を重ねて疾患遺伝子データベースを作っていく。ヒトゲノム解析の21世紀医療へのインパクトは、DNA診断、ゲノム創薬、再生医療と広がっていく。
どのような遺伝子がどのように働いているかを解析するために、研究室ではDNAマイクロアレイを使っている。これはガン細胞の暴発を調べるにも役立っている。遺伝子治療では、ウイルスに治療用の遺伝子を乗せて臓器まで運ぶことが考えられているし、再生医療の分野では臓器の再生も研究されている。クローンについては、科学の快挙とも神への冒涜とも評価されるが、クローン人間は作製禁止である。ただ、ルールを破るグループが現れる可能性はある。 生命の設計図はゲノムDNAである。それは「命の大切さ」を秘めている。ヒトの胎児は動物の進化の過程をたどる。ヒトの遺伝子と似た遺伝子を他の動物も持っている。たとえばメダカはヒトの6割もの共通する遺伝子を持っている。 生物は、固有の特徴的なパワーを生み出す遺伝子を持っている。イルカの超音波バイオセンサーや、ヒラメ・カレイのような左右非対称のもの(ヒトの体の中もそうだ)、こういうものをゲノムスーパーパワー(GSP)と呼び、それを探索するプロジェクトを進めている。NTTが推進するグリッド・コンピューティングによる計算に、皆さんもぜひ協力してほしい。 ゲノム研究は21世紀社会に多様なインパクトを与えるだろう。 いまはGSP探索する研究所を作るのが大きな夢である。学生諸君も科学する心で夢に挑戦してほしい。 ※ゲノム俳句、ゲノム塾、ゲノムを讃える歌(本邦2回目公開;メダカの学校の替え歌)の披露もあって笑わせてくれた。ゲノム俳句はあまり自信作でなかったのか、ささっと次へ行ってしまい、メモがとれなかったが・・・
【ゲノム憲章】 ・ゲノムの謎解きに挑戦する ・ゲノムの神髄を正しく理解する ・ゲノムから個の尊さを学ぶ ・ゲノムの尊厳を守る ・ゲノムから新世界を開拓する
講義後のQ&A。今回は本山サテライトからも質問があった。
Q 友人がパーキンソン病ですが、ゲノム解析により治るでしょうか。 A 残念ながら、学問は進んでもフィードバックできていないのが一般的な姿だ。まだ対症療法しかなく、画期的な治療法は出ていない。
Q ゲノム研究の究極の目的は? A アカデミズムで言えば、ヒトの設計図を科学的に理解するという、知的好奇心の対象だ。
Q 進化と遺伝子コピーとは矛盾するような気がするが・・・ A DNAがコピーされるときに、微妙に異なるものができる。生存には影響がないが、それが多様性を生み出す。進化はその果てしない繰り返しで起こる。遺伝子情報の中には機能していない「ニセ遺伝子」が多数存在するが、将来の人類に役立つ形質かもしれない。
Q 塩基とはどんな物質?生き物か? A 化学物質だ。いわゆる生きているという意味とは違う。
Q タンパク質の配列が音楽になると聞いたことがあるが。 A ちょっと無理もあるのでは。
Q DNAマイクロアレイという機械はどんなものか。 A DNAの文字列をスポッティングするための機械だ。DNAのどこが傷ついているか、診断に使うことができる。
Q 父、祖父の頭髪が薄いが僕は大丈夫だろうか。 A わからない(爆)。早く研究に参加してください。
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