私はランドスケープアーキテクトをやっている。「造園家」とは若干ニュアンスが異なる分野である。
いま、我々は環境を外側に考えているが、実は我々は環境の内側に存在し、相互に関係し合っている。今日は、見える環境つまり景観がいかに重要であるかを話したい。
最近高校生を集めてマサイ族とのキャンプを行っている。マサイ族は厳しい環境に生きているが、ライオンにやられないためには、ライオンが獲るに不足しない獲物がなければならない、だから草原に火を入れる。ここに人と環境の関わりの原点がある。環境とは我々の外側にあるものではなく、我々自身がどう生き抜いていくかの問題である。
ラブロック氏は薄い膜である地球の大気を奇蹟とし、地球は一つの生命体であるというガイア仮説を唱えた。
地球が誕生してからの46億年を1年にたとえると、科学技術が生まれた300年前は12月31日の除夜の鐘が鳴ってから、年が変わるわずか2秒前のことに過ぎない。が、それが地球環境を脅かしている。
地球の人口は現在60億。これが2050年には90億になる。発展途上国の乳児死亡率が低下し、南半球に過大な人口をかかえるというストレスになる。
大連では、大気も経済の代償として汚染される。深浅に見るように経済合理主義は人間を文明のツールにし、自己家畜化した幸福の土壌を奪う。50kmを越えてアメーバのように広がる都市、東京。世界でも珍しいケースだ。「一所懸命」の言葉が示すように、日本人は土地を所有しないと幸せと思えない。それがアメーバのように都市を拡大させた。 しかしこれでは生きる基盤も失いかねない。マウスの素材別飼育箱生存率を見ると、金属製やコンクリート製に比べ、木製飼育箱の生存率が高い。
文明と経済と人間を考えてみる。人間は文明的な存在である。しかし同時に人間は生物でもある。そこで人間は自分が生物であることと文明的な存在であることとの矛盾を自覚する。ホメオスタシスつまり恒常性のゆがみが生まれる。現在自殺者が3万人から4万人あるが、いかに社会的な問題があるか、心がゆがみはじめているかがわかるだろう。
ストレス性疾患が増大している。文明は自己家畜化を促進すると言えるのではないか。マズローの欲求ヒエラルキーは、低次の欲求から、生理的欲求、安全への欲求、所属と愛への欲求、承認の欲求、自己実現の欲求へと階層をなすが、これは戦後日本経済と比べてパラレルである。幸福もパラダイムを変化させている。20世紀は文明の世紀、工業化社会であり、幸福=物的充足÷物的欲求 で表された。キーワードは、成長・開発、追いつけ追い越せ、ストレス解消、である。21世紀は、文化・環境の世紀であり、脱工業化社会である。幸福は、時間充足÷自己実現欲求 で計れる。キーワードは、持続的成長、成熟・スロー、癒し、である。
「景観」は「風土」と「風景」という二つの兄弟を持つ。風景に文化が加わって風土になり、風土に環境が加わって景観になる。景観と風土は心象によって影響し合う。
景観という言葉は17世紀のドイツのLandschap、風景絵画に発する。それがその後ドイツでLandschaftになり、イギリスでLandscapeになった。景観という訳語は三好学が与えた。ドイツでは資源性、有用性を重視したのに対し、イギリスでは物理的な面を重視した。物理的な映像を心に映じて見るMindscapeが派生する。(筆者注:このあたりは竹内和彦氏の解説に詳しい)
かつて日本は風景と呼吸した生活を送っていた。漁師は沖で山のシルエットを見て位置を把握した。
若狭・伊根の舟屋
滝のような川(富山・黒部川)
用の美(安曇野のワサビ田) 造園家が作れない理にかなった形
北山南川(山口・岩国)
壺中の天(北茨木・谷地田) 冷水を直接田に入れない工夫
山あて(京都府)
散居村・防風林(富山)
垣内・東造り(富山・砺波)
祖先への想い 出雲散居村・防風林(築地松) 船の帆のような形
地場材料 長崎・島原
生活の美・優しさ 能登 雪囲い・雪つり
美濃あかりアート
江戸時代出島に来ていたオランダ人ケッペルは日本人をこう評した。貧乏ではあるが貧しくない。当時の外国人の間での評価はおおむね同じであった。
日本人は地域の特性を文化として伝えてきた。ところがいまそれを忘れている。
ビオトープは都市の中に緑を再生するものだが冷温帯のドイツに適している。日本では虫を増やすだけだ。世界に冠たる日本のビオトープは日本庭園である。メタファーの精華である。
景観はMindscapeという意味で、地域遺伝子であり、見える環境の総和の指標である。景観の良し悪しは、その地域に活力があるのかないのかを表している。
ドイツの農村風景は最初からあったのではない。ドイツ農村保護連盟により、ドイツらしさを強調する計画が推し進められた結果である。自宅の50分の1の模型を提出してチェックを受けるのだ。
アメリカはヨーロッパと違う。銃と血で土地を確保してきたから、コントロールされるのを嫌う。美観は公共の福祉であり、視覚的公害の除去に重点を置く。エンバイロメンタル・ハーモニーである。
日本は本来ドイツ的であったのにアメリカの考え方が入ってきて混乱している。入れ子、ぼかしは時を超越する。水と緑の循環型の都市は、自然と呼吸し合う。
座観、見立て、縮景。
日本列島はガーデン・アイランドである。山、谷、湖、沼・・・アラスカの熊は日本のヒグマの3倍も歩くという。日本には餌が多いのだ。景観密度が高く、多様な生物が生きている。しかし風景が殺されると船瀬俊介氏が言う。風土の特性は我々の中に浸透し、性質・形質を作ってきた。「真土不二」である。
日本を訪れる観光客数は世界で35位である。アジアの中でも低い方である。万博は観光立国日本の実現の契機となるだろう。第5次全国総合開発計画(ガーデンアイランド構想)以来、国策としてのパラダイムの転換を行った。以後、生物多様性国家戦略、美しい国づくり政策大綱が出され、景観緑三法の制定、観光立国関係閣僚会議も開かれた。
観光とは、易経にあるが、「国の光を見る」ことである。景観法の枠組みは、伝統建築の保護だけではなく、景観による効果も定める。